はじめに
本年1〜7月にかけて.ユニデント研修室(埼玉県川越市)において標記講習会が開催された。
川島 哲先生(ユニデント)が主催する本講習会では、構造力学に基づいた
“Bio-Mimetic Cast Denture”(生体模倣により製作されたキャストデンチャー)の製作技術の習得を目的として毎月2回の講義・実習が7カ月連続行われる。
修了者はこれまでに歯科医師、歯科技工士を合わせておよそ300名に及ぶ。今期は、北は北海道から南は九州まで、募集定員を満たす6名の受講生が全国各地より集まった。
本稿では、筆者の心に残った川島先生の言葉をピックアップしながら、本セミナーで学んだことについて紹介したい。
「受講動機と講習の概要」
2003年の春、金属床義歯の製作を主に担当していた筆者は、日々製作するパーシャルデンチャーのデザインや適合精度に疑問を感じていた。 そして、自分自身のなかで燻り続ける“何かに答えを求めるため、川島先生の門を叩くことにした。とても人気のある講習会だけに、筆者が参加できたのは、決意から3年を経てからのことであった。
技工机など、受講生のための設備はすべてKaVo社製品で統一されていた。歯科技工士として“憧れ”すら感じる恵まれた受講環境に、筆者は思わず心を踊らせた。
講習会では、『T.K.M.キャストデンチャーのすべてBio-Mimetic Cast Denture』や『バイオキャストパーシャル』など、川島先生がこれまでに執筆された4冊の著書(すべて医歯薬出版)を教本として使用した。
そして、失われた歯牙を“Bio-Mimetic(生体模倣)”する方法や模型からの情報の読み取り方を、川島先生の歯科技工士としての30年のキャリアと2万5千床からなるキャストデンチャーの豊富な臨床経験をもとに解説された後、
川島先生のデモを見学し、実技実習を行うというスタイルで展開された。
「生体のイメージの重要性」
最初に行われた講義で、川島先生は「実際の口腔内には軟組織や硬組織が存在しています。しかし、ともするとわれわれ歯科技工士は、石膏でできた模型ばかりをてにするため、 実際の粘膜も硬いであるとの誤ったイメージを抱きがちです」と述べられ、歯科技工士は模型の下にある生体(患者さん)を相手にしていることを忘れてはならないと注意を促された。
そのほか、生体模倣により製作されたキャストデンチャーは“ハートウェア=患者さんの身体への適合(大きさや形がフィットする)”“ソフトウェア=患者さんの脳への適合(認識や反射に悪影響を及ぼさないこと)” “ハートウェア=心の適合(患者さん感情に沿うものであること)”が揃わっているべきだと示された。これはつまり、忠実に生体を模倣して義歯を装着・使用する際に患者さんの身体や脳、そして心が拒絶反応などを引き起こすことがなくなり、生体に調和したものになるということであろう。
「歯科技工士も生体の知識を」
川島先生は、現在の歯科治療におけるパーシャルデンチャーの位置づけについても持論を展開された。まず、現在はインプラント治療が特に注目され、歯科関連の雑誌でも、多数取り上げられているとしたうえで、
「補綴処置としてのインプラントが必須とされる症例は、実際にはさほど多くはないように思われます。
それではなぜ、パーシャルデンチャーではなくインプラントによる補綴処置が多く行われているかというと、パーシャルデンチャーの世界はインプラントに比べて“奥が深い”がゆえに、歯科医師に敬遠されている面があるからだと私は考えています」と述べられた。
ただ、インプラント体の無理な埋入による感染症発症等の事例も増えており、症例に適した補綴処置を考え直すという観点から、今後はパーシャルデンチャーも見直され、これに取り組む歯科医師も増えてくるのではないかとも推測された。
また、川島先生は「本来は歯科医師が行うべきとされる義歯の基本設計も、現状では歯科技工士に委ねられています。ですが、義歯の製作において“この領域は歯科医師、この領域は歯科技工士”といった、 職掌による垣根は今後取り払われていくでしょう」と述べられ、そのような時代に備えて歯科技工士は生体を正しく理解し、知識を十分に身につけてそれを臨床に生かし、歯科医師との良好な信頼関係を築くように努力しなければならないと訴えられた。
「デザイナーとしての歯科技工士」
言うまでもないことだが、現在ではパーシャルデンチャーの“あるべき形”とされている、川島先生の製作する芸術的ともいえるキャストパーシャルは、イメージや勘に拠っているのではなく、生体を元にデザインされている。
川島先生は、製作された義歯を見て患者さんが「美しい」「これならば使ってみたい」と思えるように、メジャーコネクターを左右対称に設定するなど、歯科技工士も生体を正しく理解し、“デザイナー意識”を持って義歯を設計・製作しなければならないと強調された。
そしえ、そのデザインを形にするための義歯製作デモで目の当たりにした川島先生の無駄のない手技は「素晴らしい」の一言をもってしてもなお言い尽くせないものがあった。
完成したキャストパーシャルは優れたデザイン性を持っているのはもちろん、高い適合性をも有しており、下顎のキャストパーシャルの研磨面には、見事な鏡面仕上げが施されていた。
川島先生の高い技術については以前から仄聞していたが、まさに“百聞は一見に如かず”、実際に製作されたパーシャルデンチャーを見て、筆者は感動すら覚えた。
「受講生への餞別の言葉」
講習会最終日には、日本補綴構造設計士協会師範講師の尾形和也先生より「歯科技工士には内にこもりがちな人がまだ多いうえ、忙しいことを理由にして積極性の足りない方も多いようです。 ですが、忙しいのは歯科技工士だけではありません。積極的に社会に出て、“顔の見える歯科技工士”として、社会貢献を果たしてください」と激励を、 また川島先生からは「まだまだみなさんはスタートラインに立ったばかりです。今回学んだことを日々の臨床に取り入れて、今後ともよりよい補綴物を患者さんに提供してください」との餞-はなむけ-の言葉をいただき、 筆者らは“兜の緒が締まる”思いであった。
「おわりに」
世間を騒がせたマンション耐震強度偽装問題は未だ解決されぬまま現在に至っているが、歯科界においても補綴物の強度に不安を覚える症例を見受けることが多々ある。
そのようななかで筆者は、本講習会への参加を通じて、使用材料の特性を十分に理解したうえで、緻密な構造設計に基づいた技工物を製作することの重要性を再認識させられた。
また、筆者は川島先生の著者にはすでに目を通していたが、シリコーンの状態や埋没材の錬和状態など、写真と文字だけでは十分に表現しづらいことを目で見て、体で感じることができたのも貴重な経験となった。
今後は、講習会で学んだことを臨床に生かし“Bio-Mimetic Cast Denture”によって多くの患者さんに満足していただけるよう努力していきたい。
医歯薬出版KK『歯科技工』Vol.34 No.10
2006年10月号